「なぜ、もっと早く逃げなかったのか」
そう思う人もいるかもしれません。
でも、その中にいると、少しずつ判断力は鈍っていきます。
DVは、すぐにDVだと気づけるものではなかった
今振り返れば、あれはDVでした。
性的DVと、経済的DVです。
けれど、そのときの私は、それをはっきりとDVだと認識していませんでした。
暴力を振るわれたわけではありません。
怒鳴られることも、ほとんどありませんでした。
ただ、自分の意思や感覚が、少しずつ後ろに追いやられていきました。
気づいたときには、自分が何を望んでいるのか、わからなくなっていました。
経済的な現実が見えにくかった
家計の全体像を、私は正確に把握していませんでした。
夫の収入がいくらなのか、
夫がどれだけ使っているのか、
どれだけの支払いがあるのか、
知らされていないことも多くありました。
知らないことに、慣れていきました。
疑問を持つこと自体が、遠ざかっていきました。
自分の感覚を信じられなくなっていた
何かがおかしい、と感じることはありました。
けれど、それを言葉にすることができませんでした。
自分の感じ方が間違っているのかもしれない。
自分が我慢すればいいだけなのかもしれない。
そう思うことが増えていきました。
いつの間にか、自分の感覚よりも、相手の現実を優先するようになっていました。
現実がはっきり見えたとき、初めて動けた
クレジットカードの支払いが、ひと月で200万円を超えたと知ったとき、
はじめて、はっきりと現実を理解しました。
このままここにいれば、自分の生活そのものが失われてしまう。
そう思いました。
そのとき、ようやく、離れるという選択が現実のものになりました。
逃げられなかったのではなく、逃げる段階にいなかった
今思うのは、逃げられなかったのではなく、
逃げるという判断ができる段階にいなかった、ということです。
DVは、突然すべてが壊れる形ではなく、
静かに、判断力を奪っていきます。
だから、離れた日は、突然のようでいて、
長い時間の先にあった日でした。
このブログでは、その過程も含めて、記録していきます。
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静かに読んでいただけたら嬉しいです。
